テーマ:徳川家康

海音寺潮五郎 戦地をゆく(その9)

海音寺潮五郎さんの従軍記が戦争らしい生々しさを感じさせないのは、役目がら、戦闘の最前線に出なかったからのようです。文人が従軍する本来の目的は、自軍の戦勝を文学化し、戦争行為を讃美することによって国民を戦争支持に誘導することにあります。ところが、戦地での海音寺さんの所属は「資料班」ということで、目を向ける相手は国内ではありませんでした。こ…
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吉川英治と海音寺潮五郎

直木賞受賞作『天正女合戦』は海音寺潮五郎さんの初期の代表作です。この作品は千利休を芸術界の英雄ととらえ、天下人・豊臣秀吉と対比して描く独創的な構成となっています。その後の作品『茶道太閤記』でも、海音寺さんは「秀吉対利休」の構図を継承していますが、これに対して作品連載当時(昭和15年)、「国民的英雄の秀吉と一茶坊主の利休を対等の立場で描く…
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真の武士道、真の日本人の鑑

乱世では、その時々の判断が生死を分けます。ある判断の結果、死んで名を残した人もあれば、生き延びて汚名を背負った人もいます。誰しも死は避けたいですが、土壇場で生き延びる道を選ぶと、総じて汚名が伴うようです。そこで「葉隠」は「生きるか死ぬかの時には、死ぬ方を選べ」と教えます。しかし、葉隠は反動武士道であり、人間の正しい道とは言えません。生き…
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加藤清正と徳川家康

江戸時代を通して武士の道徳、いわゆる「武士道」が形成されていくにあたり、最も重要な役割を果たしたのは儒学です。これは徳川家康が林羅山を採用し、その家学であった「朱子学」を官学としたことに始まります。しかし、その以前から儒学を学んでいた武士は少なくなかったようで、例えば、加藤清正などは儒学を学ぶについての面白い逸話が伝わっています。 …
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真田幸村と豊臣秀頼

「武士は名こそ惜しけれ」という言葉があります。武士が持っていた価値観の一端を示すものと理解してよいでしょう。この「名こそ惜しけれ」の具体例として、豊臣家が滅亡した「大坂 夏の陣」における真田幸村の行動があります。 一般に言われる通り、大坂夏の陣は冬の陣とは異なり、豊臣方ははじめから負けるに決まっている戦いでした。そうでありながら、…
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だが、石田三成の志は諒とする

関ヶ原の戦いの主役となった石田三成と徳川家康。司馬遼太郎さんの表現を借りて豊臣家を会社に例えると、秀吉亡き後、徳川家康は、豊臣会社での最大の下請け会社の社長、兼、親会社の専務筆頭重役という地位にあり、一方の石田三成は、秘書課の課長というごく低い地位に過ぎなかった。それほど二人の地位・勢力は隔絶していたということです。しかし、専務筆頭重役…
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直江兼続と石田三成

NHK大河ドラマ「篤姫」も終わり、いよいよ年の瀬ですね。明ければすぐに「天地人」となるわけですので、予習の意味も含めて直江兼続に戻りましょう。さて、直江兼続の後半生を決定的に変えたのは、言うまでもなく関ヶ原の戦いで西軍が敗北したことにあります。 海音寺潮五郎さんの表現を借りると、直江兼続は上杉家を「引きずって西軍に味方」しました。…
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日本の道徳崩壊と福沢諭吉(完結編)

これまで長々と、日本が道徳崩壊に至った理由とその過程について、私なりの見解を書きつづってきました。日本が経てきた長い歴史の間には様々なことがありましたが、今私たちが住む日本の状況を生み出すに至る大きな変曲点は昭和20年の敗戦だったようで、海音寺潮五郎さんが『史談 切り捨て御免』の中で次のようなことを述べています。 これは上記作品に…
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海音寺潮五郎『日、西山に傾く』(その2)

海音寺潮五郎さんの『日、西山に傾く』は昭和47年に出版された作品で、随筆が多く収録されています。この当時の海音寺潮五郎さんの考えを知るための良書ですが、この時期は例の「引退宣言」の後であり、タイトルからも分かる通り、人生が晩年にさしかかっている海音寺潮五郎さんの焦燥を強く感じさせる記述がある一方で、結構のんきな作品も含まれています。今日…
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真田幸村と正宗

以前、真田幸村に架空人物説があるという話を紹介しました。例えば、Wikipediaで"真田幸村"の項目を見ると、この説についてはっきりと書かれていますが、これはこの項目内容を充実させている誰かの信念に従った行動だと思いますので、私はその主張を完全に間違っているとまでは言うつもりはありません。 一方で、海音寺潮五郎さんは『武将列伝』…
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