天皇だって生きている

私は小学生の頃、むやみに天皇が嫌いでした。あろうことか、「僕が大人になって偉くなったら、天皇制を廃止してやる!」などと口走っていました。これはおかしい!こんな小学生、おかしいでしょ!!私自身、当時の記憶が曖昧で、なぜこんな状態になってしまったのか分かりません。が、後付けで理由を探すときに思い当たるのが「日教組」の存在です。

私はまさに日教組が主導する「反日教育」を受けたとされる世代ですが、さて小学生当時の恩師の誰かが日教組だったのでしょうか?「天皇制廃止!」などという過激発言をする私に対して、父は

 「そんなことは、もっと歴史を勉強してから言いなさい」

と穏やかに言い諭しました。

そうなんです。たかが小学生が、そしてたかが日教組がどれほど天皇のことを、日本の歴史を知っているというのでしょう。何も知らずに勝手なことを言っているのです。おそらく、多くの日本人も同様だと思います。

皇国史観のタブーがなくなって数十年を経過していますし、各種のイベントにおいて、一般人が今上の天皇陛下を目にすることも少なくありません。
しかし、歴史として「天皇」を語るとき、かつて「現人神」であった「天皇」の得体の知れなさや、生身の人間としての存在感の稀薄さは、現在まで引きずられているところがあるのではないかと私は感じています。

一例をあげると、幕末維新史での天皇の存在があります。時の天皇は孝明天皇(明治天皇の父)で、彼が果たした役割、時代の趨勢に与えた影響はけっして小さくありません。ところが、この孝明天皇が一体どのような人物だったのか、ほとんどの人が知らないのではないでしょうか。

私たちにとって、歴史知識の摂取はテレビの時代劇や歴史小説によるところが大きい(しばしば、誤った情報を含んでいるのが問題)ですが、例えば司馬遼太郎さんの幕末物を読んでも、孝明天皇がどのような人物だったのか、ほとんど何もわかりません。外国人を心底嫌い、それが朝廷の攘夷方針に強い影響を与えたということが微かに分かる程度です。

しかし、天皇だって人間です。血の通った一人の日本人です。当たり前ですが、天皇と言えども人間らしい生の感情をもっているのです。
私にその当たり前のことを気づかせてくれたのは、海音寺潮五郎さんの大長編史伝『西郷隆盛』でした。この作品では、他の多くの登場人物と同じく、幕末当時に生きた日本人としての孝明天皇が非常なリアリティをもって書かれています。

孝明天皇の「異人」嫌いについても、海音寺潮五郎さんは人間が持つ当たり前の感情としてそれをとらえ、次のように説明しています。

孝明天皇が欧米人にたいして最も強烈な嫌悪感を持たれるようになったについては、もちろん理由があろう。根本的には西洋列強の東洋諸国にたいする暴悪な侵略行為であろう。これによって印度は国亡んで英国の領土となり、中国は最も悪逆な阿片戦争をしかけられて香港を奪われた。(中略) 当然、日本人は欧米人にたいして嫌悪と恐怖を感じた。(中略) 当然、天皇もその一人でおわした。だから、その頃の天皇の欧米人嫌いは世間普通のもので、それほど強烈であったとは思われない。それが特別なものになったのは、一説によると、宮廷つきの絵師が描いてお目にかけた欧米人の風貌が妖怪じみた醜悪なものであったからであるという。さらにその上に、次ぎつぎに発生する外国関係の事件にたいする幕府の処置が最も拙劣であるためにそれらは全部国辱として感ぜられ、益々天皇の嫌悪感情が研ぎみがかれ、ついに一種のアレルギー感覚とまでなってしまったと思われるのである。


これは海音寺潮五郎さんの解釈、孝明天皇に対する史観ですが、海音寺さんの優れた人間理解の一端を示していると思います。

海音寺潮五郎さんは

 面白く読めて、なおかつ、ためになる幕末維新史をえがく

として、この『西郷隆盛』を執筆しました。急逝により西郷の全生涯を網羅することはできませんでしたが、幕末の動乱から明治維新の成立までの経緯は詳細にえがいています。
また来年にはNHK大河ドラマが幕末に戻ることですし、初心に返り、あらためてこの作品を読み直してみようと考えている、今日この頃です。


短期連載:天皇だって生きている

 ・天皇だって生きている

 ・天皇だって人間だ

 ・明治天皇と西郷隆盛

 ・明治天皇と山県有朋

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