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zoom RSS 海音寺潮五郎『大化の改新』(その2)

<<   作成日時 : 2008/08/16 13:43   >>

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せっかくなので終戦記念日のうちに書いておこうと思いつつ、結局は間に合いませんでした。先の大戦に絡むことでもあるのですが、海音寺潮五郎さんは戦前から活動している作家ですので、言論の自由が制限されていた時代ならではの苦しみを色々と味わっています。戦前、戦中は皇国史観の絶対的な縛りがあらゆる分野にあったのはもちろんですが、他にも「戦争遂行」という大義名分に照らして好ましくないという理由で、海音寺潮五郎さんは『柳沢騒動』の連載がうち切りの目に合っています。そして戦後は、

連合軍占領下の日本にあって、例えば『風霜』が占領軍の検閲に引っかかり、出版中止に追い込まれるという経験もしています。

それから月日は流れ、日本は国家としての独立を公式的には回復しました。皇国史観の縛りも、言論統制もなくなったため、他分野同様に歴史学の分野においても自由な研究活動が促進され、様々な研究成果が得られるようになったといいます。
それについては、海音寺潮五郎さんの『大化の改新』にこんなことが書かれています。

「史学は文学から入門すべきものである」
と、ぼくは考えている。
(中略)
専門学者の手になる通史類はずいぶんあるが、その索寞たる叙述は人をひきつけることのできるものではなかった。それを職業としている人間でないかぎり、面白くないものを読む義務はない。いつかぼくは、
「誰でも面白く読めて、しかも正しい日本通史を書きたい」
と、考えるようになった。この大戦前からのことだ。
戦争がすんで、明治以来史学研究上のタブーになっていたいろいろなことがなくなって、専門史学者の研究はおそろしく活発になり、書物もずいぶん出たが、一般の人に結縁するにはすべて遠いものであった。専門学者の興味と一般人の興味とは、焦点がちがうからである。
「橋をかける必要がある。せっかくの業績が、これでは民衆のものにならない」
と、ぼくは思った。面白く読めて正しい通史を書きたいとの念願はますます強くなった。


この念願が『武将列伝』『悪人列伝』をはじめとする海音寺潮五郎さんの史伝作品に結実したのは、よく知られている通りです。今や「史伝文学」は海音寺潮五郎さんの代名詞ともいうべき存在ですが、史伝への思い入れについては、同じく『大化の改新』の「あとがき」の中で次のように述べています。

また、ぼくには文学のジャンルとしての「歴史記述」「史伝」「史論」を復興したい気持ちがある。これらのものはヨーロッパでは今日なお盛んであり、日本でも明治年代までは盛んであったのだが、その後民衆の歴史知識が低下するとともにほろんでしまったのだ。これを復興したい。しかし、そのためにも、まずその場をつくる必要がある。場ができれば、しぜんやる人も出て来るであろうし、天才も出て来て、復興もし、盛んにもなるであろうと思うわけだ。

海音寺潮五郎さんが天才と認める司馬遼太郎さんは、史伝こそ書きませんでしたが、その魅力的な作品群によって多くの日本人に歴史への興味を植え付ける功績を果たしたといってよいでしょう。
愛弟子ともいえる司馬遼太郎さんが人気作家としての地位を不動のものとし、没後なおそれを維持し続けているのに対して、その司馬遼太郎さんが登場する「場」をつくった海音寺潮五郎さんは知名度の低下にさらされていました。

一時は(といっても、ほんの数年前)主要作品のほとんどが書店から姿を消し、入手困難な状態に陥っていました。加えて、情報社会全盛の現在にあって、ネット上での情報発信が重要にも関わらず、海音寺潮五郎さんに関する情報はネット上でほとんど見られないという深刻な事態にもありました。
その惨状を目の当たりにしたとき、私は、

 海音寺潮五郎さんほどの偉大な作家がこのまま忘れ去られて良いはずがない。

と思い、ネット上での情報発信をテコにして、多くの人々に海音寺潮五郎さんのことを知ってもらうための

 橋をかける必要がある

と思ったわけです。その橋をかける活動のひとつが今お読みになっているブログであり、活動内容についてはご覧の通りです。
成果のほどは疑問ですが、幸いにして2008年8月現在において、海音寺潮五郎さんの代表作の多くが復活出版されるに至っています。大作家が
 歴史知識を民衆に結縁させるため
と念願して執筆した名著がいつでも読める状態に置かれていることは、何より喜ばしいことです。

ただ惜しむらくは、例えば竹島問題で韓国の圧力に容易に屈してしまう政府の態度からも分かるように、多くの日本人が正しい歴史知識を身につけているとは言えない状態はまだまだ続いています。海音寺潮五郎さんが目指した目標は今なお達成されていないわけですが、この事態に対して、私たち後世の日本人には何ができるのでしょうか?何をすべきなのでしょうか?
いたずらに嘆息するばかりで、日々の生活に追われる中、何かをする余裕もないのが少なくとも私の現実です。あぁ、何とも嘆かわしいことです。
大化の改新 (河出文庫)

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