| タイトル |
日 時 |
加藤清正と徳川家康
江戸時代を通して武士の道徳、いわゆる「武士道」が形成されていくにあたり、最も重要な役割を果たしたのは儒学です。これは徳川家康が林羅山を採用し、その家学であった「朱子学」を官学としたことに始まります。しかし、その以前から儒学を学んでいた武士は少なくなかったようで、例えば、加藤清正などは儒学を学ぶについての面白い逸話が伝わっています。
...続きを見る
ブログ気持玉 0 /
トラックバック 0 / コメント 4
|
2009/06/26 14:48 |
海音寺潮五郎と司馬遼太郎『梟の城』編
海音寺潮五郎さんは講談倶楽部賞の選考会で、司馬遼太郎さんの『ペルシャの幻術師』を受賞作とするのに決定的な役割を果たしました。それから4年後、『梟の城』で直木賞を受賞した司馬遼太郎さんは確固たる文名を確立します。これぞ国民的大作家「司馬遼太郎」の出発点といえると思うのですが、ここでも海音寺潮五郎さんが司馬さんのために重要な役割を果たしています。しかし、その真相はあまり知られていません。例によって、ネット上には情報がありません。それを紹介しようというのが、今回のお話です。
...続きを見る
ブログ気持玉 0 /
トラックバック 1 / コメント 2
|
2009/06/14 06:14 |
海音寺潮五郎と司馬遼太郎『ペルシャの幻術師』編
海音寺潮五郎さんと司馬遼太郎さんのただならぬ関係(いかがわしい意味ではありませんよ)については、両作家に多少でも興味のある方なら耳にしたことがあると思います。しかし、印刷された書籍類を別にすると、ネット上にはお二人の関わりあいについて、詳細な情報はほとんど存在しません。ネットの情報がいかに偏っていて不完全であるかの傍証だと思います。先頃、文芸評論家の磯貝勝太郎さんの作品『司馬遼太郎の風音』を入手したのですが、そこに詳しい経緯が描かれていたので紹介してみたいと思います。今回は『ペルシャの幻術師』編...
...続きを見る
ブログ気持玉 0 /
トラックバック 1 / コメント 0
|
2009/06/07 07:40 |
真田幸村と豊臣秀頼
「武士は名こそ惜しけれ」という言葉があります。武士が持っていた価値観の一端を示すものと理解してよいでしょう。この「名こそ惜しけれ」の具体例として、豊臣家が滅亡した「大坂 夏の陣」における真田幸村の行動があります。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/05/28 15:36 |
花は桜木 人は武士
日本人の道徳のあり方を考えるには、「武士」「武士道」に立ち返る必要があるというのが私の直感です。私は「武士道は封建的でけしからん!」という意見には全く与しません。しかし、武士道を手放しで礼賛するのが誤った姿勢であることも認識しています。武士道にも善い面、悪い面があるはずで、それを見極めたいというのが私の思いです。武士道を語る際に、しばしば引き合いに出されるのは新渡戸稲造の「武士道」と、山本常朝の「葉隠」です。素材として、この二つが適切なのかという疑問が常々あるのですが、例えば、海音寺潮五郎さんは...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/05/26 23:06 |
みなさんのおかげです
ご存じと思いますが、海音寺潮五郎さんの没後、その作品・著作権を管理しているのは「財団法人 海音寺潮五郎記念館」です。記念館設立には司馬遼太郎さんが尽力されたとのことです。今日はこの海音寺潮五郎記念館の主な収入たる「印税収入」、つまり海音寺潮五郎さんの作品がどの程度売れているのかについて取り上げます。
...続きを見る
ブログ気持玉 0 /
トラックバック 0 / コメント 2
|
2009/05/19 23:06 |
南無高祖日蓮大菩薩
海音寺潮五郎さんは「日本人に日本歴史の常識を持ってもらいたい」という念願のもと、多数の史伝を執筆し、様々な人物を取り上げています。しかし、長い日本歴史を扱う以上、どうしても人選には偏りがあります。歴史を語るには、いわゆる「施政者」に相当する人物を中心に据える必要があるため、この範疇に当てはまらない人物は著名人であっても、あまり取り上げられていません。例えば、僧侶などがそうです。日本は仏教が主流な宗教であった期間が長いため、名のある僧侶を何人も輩出していますが、残念ながら海音寺潮五郎さんの筆が及ん...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/05/16 09:45 |
明治の和気清麻呂
本家・和気清麻呂に続き、今日取り上げるのは「明治の和気清麻呂」です。さて、一体誰のことでしょうか?今、ざっくりとネットで検索してみたところ、「明治の和気清麻呂」が誰のことなのかについてすぐには情報が見つかりませんでした。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/04/29 10:02 |
日本史上での諫言の士
話は前々回から引き継ぐ形になります。豊臣秀吉の周囲に、朝鮮出兵を諫止する勇気を持った人物がいなかったこと、これは何よりも豊臣家自身にとっての大きな不幸でした。この戦いが原因となって豊臣家は滅亡していったとする海音寺潮五郎さんの歴史解釈は既に紹介しましたが、日本史には「命をかけて諫言する」といった型の人物に乏しいような気がします。一方、古代中国(何だかんだ言って、結局この呼称)では、この種の人物には事欠きません。私は近現代史には全く疎いので最近のことは知りませんが、古い時代、あの地域は偉人、傑人の...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/04/25 12:51 |
やっぱり、「支那」なんでしょ?
以前、岡本綺堂の『中国怪奇小説集』に海音寺潮五郎さんが「綺堂先生に感謝する」という題の序文を寄稿していることを紹介しました。この『中国怪奇小説集』、もとは『支那怪奇小説集』というタイトルだったそうです。ということで、今日は「支那」か?「中国」か?というお話。けっこう、目から鱗です。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/04/23 23:10 |
加藤清正と小西行長
海音寺潮五郎さんの歴史解釈のあり方については、このブログで何度も取り上げていますが、今日は加藤清正と小西行長の比較を題材に、もう一度ふれてみることにします。舞台は豊臣秀吉の命令によって行われた朝鮮の役です。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/04/22 22:59 |
文豪のエロスを読む
現在発売中の「文藝春秋 SEPCIAL 2009年季刊春号」に海音寺潮五郎さんの作品が紹介されていました。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、『二本の銀杏』です。掲載されていたのは、「特集 ジャンル別・この十冊」という箇所なのですが、なんと『二本の銀杏』は「文豪のエロスを読む」というジャンルで選出されていました。これはおもしろい!
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/04/12 15:45 |
価値観と価値観の戦い
日本の道徳問題、日本人のモラル低下への対策案に関して、何回かに分けて私なりの考えを述べてきました。もう一度振り返ってみたいと思います。道徳というものは、「敬する心」に対する「恥じる心」から生まれてきます。人々に正しく「敬する心」を養ってもらうには、「敬」の対象を正しい価値観で選出する必要があります。しかし、価値観は立場や状況、時代の変遷によって様々に変化するものであり、そこに難しさがあります。では、結局のところどうすればよいのでしょうか?
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/04/07 20:22 |
未来永劫、絶対に正しい価値観
道徳の問題を検討するには、物事の善悪を判断する「価値観」について考える必要があります。しかし、価値観は扱いが難しいもので、誰にとっての価値なのか?どういう状況での価値なのか?によって、「正しい価値観」、「誤った価値観」といった判断は分かれることになります。これが前回の話でした。今、私は「敬する心」に基づく道徳のあり方を模索していますが、敬する対象は当然、現代人よりも歴史上の人物を多く求めることになるでしょう。そこで新たに浮上してくる問題が、「価値観」の時代による変遷です。これについては、海音寺潮...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/04/03 19:27 |
絶対に正しい価値観
(前回からの続き)「敬する心」に基づく道徳を形成するには、「敬」の対象を正しい価値観に基づいて選出する必要があります。道徳というものには、それを主張する人にとって都合の良い価値観が埋め込まれていることがしばしばあるため、表面上は正しそうに思える内容であっても、そこに秘められた真の意味をしっかりと吟味することが求められます。教育勅語の問題やニーチェの言う「奴隷の道徳」は、そうした問題を考える素材でした。さて、いよいよ話が難しいところに入ってきました。それは、「これこそが絶対に正しい」と言えるような...
...続きを見る
ブログ気持玉 1 /
トラックバック 0 / コメント 0
|
2009/03/29 14:45 |
一体誰のための道徳か?
これまで色々と道徳の問題を考えてきましたが、簡単におさらいしておきましょう。まず、ドストエフスキーの言葉、「宗教なくして道徳なし」を取り上げました。道徳は宗教の持つ権威・絶対性によって支えられています。ところが日本では宗教が力を失い、それに応じて日本人の心から道徳心が乏しくなりつつあるという問題を抱えています。私は宗教には期待していないため、宗教に頼らない道徳のあり方を模索しています。その結果、宗教ではなく「尊敬心」という感情に基づく道徳があり得るのではないかとの考えにたどり着きました。実は「尊...
...続きを見る
ブログ気持玉 0 /
トラックバック 0 / コメント 3
|
2009/03/07 16:35 |
ニセ道徳の危険性
これは海音寺潮五郎記念館誌の創刊号に書かれていることなのですが、海音寺潮五郎さんの没後、著作活動のために収集していた多くの書籍が鹿児島県立図書館に寄贈され、「海音寺文庫」と命名されたのだそうです。興味深いのは、海音寺潮五郎さんが所有していた書籍の豊富さなのですが、図書館関係者が記念館誌に寄稿しているところによると、
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/03/03 14:55 |
動物と人間の根元的な違い
漢学者の安岡正篤という人をご存じでしょうか。私たちの生活に身近なところでは、現在の元号「平成」という名称を考案したとされる人物です。学者としては王陽明の研究で有名で、生前は政財界にも非常に強い影響力を持っていたそうです。最近、この安岡正篤の作品をいくつか読む機会があったのですが、その中に興味深い記述がありました。人間と単なる動物とを区別する最も根元的な違いは何か?という話です。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/02/28 21:11 |
また海音寺文学に戻ってきます
ここ2年ほどの間に、海音寺潮五郎さんの作品は史伝を中心として復活が相次ぎ、一時期の悲惨な「絶版だらけ」という状況は脱しました。一部の代表作がまだ埋もれたままなのは事実ですが、私のこのブログでの活動もそろそろ次の段階に移ろうかと思っています。次の段階というのは「道徳」の話です。「またその話か、興味ないよ」という方もいらっしゃるかと思いますが、少々お待ち下さい。海音寺潮五郎さんの作品の話題から離れ、脱線が続くように見えるかもしれませんが、まわりまわって再び海音寺潮五郎さんの所に帰ってくる道筋が私の中...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/02/22 07:27 |
海音寺潮五郎『新名将言行録』
海音寺潮五郎さんの作品がまた一つ復刊されました。河出文庫の『新名将言行録』です。出版社は河出書房新社ですが、この出版社が「超ニッチ海音寺潮五郎ブーム」に便乗して『蒙古の襲来』、『大化の改新』を出版していることは前にこのブログでも取り上げましたね。今回の『新名将言行録』は便乗第3弾というわけです。この作品についてはネットで公開されている情報が不十分で、内容がよく分からない方も多いと思いますので、少し紹介してみましょう。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/02/17 22:10 |
筑波大の学生さんを探しています
久しぶりの更新になりました。海音寺潮五郎さんについてのこんなブログを書いている私ですので、読まれている方の中には、私のことを「さぞかし海音寺潮五郎さんのことに詳しいのだろう」と思われるようで、色々と質問をされる方がいらっしゃいます。それに関連して、今日は「筑波大の学生さんを探しています」という話です。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/02/10 21:26 |
海音寺潮五郎「阿波の屋形」
先日、新聞の広告欄で見つけたのですが、「小説新潮」という雑誌で「時代小説温故知新」という特集があり、そこに海音寺潮五郎さんの作品が収録されているということです。調べて見ると、それは何と!あの「阿波の屋形」ではありません!!
...続きを見る
ブログ気持玉 1 /
トラックバック 0 / コメント 0
|
2009/01/23 15:57 |
だが、石田三成の志は諒とする
関ヶ原の戦いの主役となった石田三成と徳川家康。司馬遼太郎さんの表現を借りて豊臣家を会社に例えると、秀吉亡き後、徳川家康は、豊臣会社での最大の下請け会社の社長、兼、親会社の専務筆頭重役という地位にあり、一方の石田三成は、秘書課の課長というごく低い地位に過ぎなかった。それほど二人の地位・勢力は隔絶していたということです。しかし、専務筆頭重役たる徳川家康が親会社乗っ取りをたくらむのを秘書課長・石田三成は黙過できず、会社の危機を救うために敢然と立ち上がったという構図になり、そうした視点から関ヶ原の戦い見...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2009/01/23 14:07 |
石田三成は武将失格
年が明けて、NHK大河ドラマは新しく「天地人」が始まりましたね。まずは出だし好調のようで、当面は前回「篤姫」の成功体験に従ってフィクション色を強めに出す演出が続くのだろうと予想しています。「天地人」では直江兼続が主役を務めるわけですが、配役を見た感じでは、直江兼続と共に関ヶ原の戦いの中心人物となった石田三成、そして、真田幸村が物語の核を構成するようです。とうぜん、三成も幸村も相当以上に美化されて描かれることと思いますが、史実はそうではないというのが今日のお話です。
...続きを見る
ブログ気持玉 1 /
トラックバック 0 / コメント 0
|
2009/01/10 09:38 |
海音寺潮五郎『実伝 直江兼続』
先日、海音寺潮五郎記念館主催の文化講演会に参加させていただいた際、記念館の理事長さんが「近々、直江兼続を扱った海音寺の作品がアンソロジーに収録されて出版される」とおっしゃっていましたが、どうやらそれが出版されたようです。『実伝 直江兼続』です。
...続きを見る
ブログ気持玉 6 /
トラックバック 0 / コメント 0
|
2008/12/30 08:54 |
海音寺潮五郎『九州戦国志』「立花宗茂」
海音寺潮五郎さんのオリジナル作品は復活が一時休止中で、今年中にと期待していた『二本の銀杏』は残念ながら来年以降に持ち越しのようです。その代わりと言っては何ですが、作品がアンソロジーに収録されて出版されるケースが出てきており、前に紹介した『バナナは皮を食う』の他に、『九州戦国志』に海音寺潮五郎さんの「立花宗茂」が収録されています。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2008/12/29 13:55 |
石田三成と関ヶ原の戦い
海音寺潮五郎さんの見るところによると、関ヶ原の戦いで石田三成の西軍は敗れるべくして敗れました。しかし、世間にはこれとは全く反対の見解も存在し、関ヶ原の戦いでは本来は西軍が勝つはずだった。負けるはずのない陣容だったという人もいます。よく知られているところでは、明治政府が陸軍強化のためにドイツ参謀本部から招聘したメッケルがそうで、その逸話は司馬遼太郎さんが『坂の上の雲』などで面白可笑しく紹介しているので、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。
...続きを見る
ブログ気持玉 1 /
トラックバック 0 / コメント 0
|
2008/12/26 13:01 |
海音寺潮五郎『武将列伝』石田三成
『武将列伝』は『悪人列伝』と並んで海音寺潮五郎さんの代表作中の代表作です。何度も紹介していますが、これらは「史伝」と呼ばれるジャンルの作品です。史伝も文学の一種ですので、読者が面白く読めるように工夫して書かれていますが、内容は史実に基づくことを絶対原則としており、フィクションは排除されています。著者の想像、推測で書かれている箇所はそうであることが明記されています。今回は、まずこれら史伝作品を執筆する際の海音寺潮五郎さんの並々ならぬ覚悟の程を復習するところから入りましょう。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2008/12/23 08:43 |
直江兼続と石田三成
NHK大河ドラマ「篤姫」も終わり、いよいよ年の瀬ですね。明ければすぐに「天地人」となるわけですので、予習の意味も含めて直江兼続に戻りましょう。さて、直江兼続の後半生を決定的に変えたのは、言うまでもなく関ヶ原の戦いで西軍が敗北したことにあります。
...続きを見る
ブログ気持玉 13 /
トラックバック 0 / コメント 0
|
2008/12/20 16:18 |
海音寺潮五郎記念館 文化講演会
去る12月6日、海音寺潮五郎記念館が主催する文化講演会が東京で開催され、私も聴講させていただきました。私自身は今回が3回目の参加ですが、今年は鹿児島大学の原口教授が講演されました。ご存じ、大人気だったNHK大河ドラマ「篤姫」で時代考証を担当されていた方です。「篤姫」の放送は終了してしまいましたが、講演会当日は、あと2回の放送を残すという状況でしたので、原口教授のお話される「篤姫」ネタ、ネタばらし(ほんのさわりだけですが)で会場は非常に盛り上がりました。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2008/12/17 22:41 |
海音寺潮五郎ブログの実績(2008年07月〜09月)
不定期に更新しつつ、海音寺潮五郎さんの知名度向上、海音寺潮五郎作品の読者獲得を目指しているこのブログですが、恒例(?)のアクセス実績を報告しておきます。過去、繰り返しこの手の報告をアップしていますが、みなさんあまりご興味をお持ちでないのか、このエントリ自体にはそれほどアクセスが集まりません。が、まぁ、情報公開も大切ということで、今回もやります。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2008/12/10 19:40 |
海音寺潮五郎「ハムチョイ」
海音寺潮五郎さんの主要作品の復活は『武将列伝』の後が続かず、残念ながら休止状態にあります。そんな中、海音寺潮五郎さんの短編を収録したアンソロジーの刊行が立て続けにありました。一つは先日紹介した『軍師の生きざま』、もう一つは『九州戦国志』、そして今日になって気づいたのが『バナナは皮を食う』です!何でしょうか?このタイトルは!!
...続きを見る
ブログ気持玉 5 /
トラックバック 0 / コメント 0
|
2008/12/02 22:37 |
海音寺潮五郎『赤穂義士』 義士と不義士の永遠の差
早いもので今年も12月になります。年の瀬となると、いつもテレビで定番なのが「忠臣蔵」、赤穂浪士の討ち入りの話ですね。赤穂浪士は赤穂義士ともいいます。浪士ではなく、あえて「義士」と呼ぶのは、彼らの行動を壮挙として讃える気持ちが背後にあるからだと思いますが、海音寺潮五郎さんもそういった気分を持っていた一人で、『赤穂義士』という史伝を書いています。海音寺潮五郎さんの史伝と言えば『武将列伝』、『西郷隆盛』といったところが話題の中心になりますが、この『赤穂義士』も隠れた名作です。今日はその『赤穂義士』から...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2008/11/30 21:44 |
直江兼続と藤原惺窩
直江兼続の後半生を決定的に方向付けたのは、言うまでもなく関ヶ原の戦いの西軍の敗北です。海音寺潮五郎さんの表現を借りると、直江兼続は上杉家を「引きずって西軍に味方した」わけですが、そこには「正義のため戦う義将・上杉謙信」を理想像に掲げる直江兼続の信念が感じられます。その直江兼続が関ヶ原の戦いを前にして、藤原惺窩を訪ねたという話が『日本史探訪』(ちなみに、『日本史探訪』に収録の「直江兼続」は最近出版された『実伝 直江兼続』にも収録されており、また手軽に読むことができるようになっています。)に出てきま...
...続きを見る
ブログ気持玉 6 /
トラックバック 1 / コメント 0
|
2008/11/24 16:40 |
直江兼続と豊臣秀吉
再び来年度NHK大河ドラマ「天地人」と意識して直江兼続ネタでいってみましょう。直江兼続の人生に決定的な影響を与えた人物に豊臣秀吉がいます。秀吉は当時の天下人ですので、ひとり直江兼続に限らず、多くの人々の人生を左右したと思いますが、直江兼続の人生に影響を与えるに至った背景には、秀吉の出生が大きく関係しているというのが海音寺潮五郎さんの見方です。
...続きを見る
ブログ気持玉 1 /
トラックバック 0 / コメント 0
|
2008/11/18 22:40 |
「城井谷崩れ」黒田如水の暗黒面
『武将列伝』以降、復活が一時休止中の海音寺潮五郎さんの諸作品ですが、「城井谷崩れ」がアンソロジーに収録されて発売されています。『短篇小説集 軍師の生きざま』がそれです。その名の通り、軍師と呼ばれる人物を中心に扱った短篇作品集ですが、海音寺潮五郎さんが担当するのは黒田官兵衛(黒田如水)です。
...続きを見る
ブログ気持玉 6 /
トラックバック 0 / コメント 0
|
2008/11/16 07:47 |
山岡鉄舟と益満休之助
好評だったNHK大河ドラマも終演間近ですが、江戸開城のクライマックスをむかえるにあたり、触れておきたい人物がいます。薩摩藩士、益満休之助です。益満休之進とも言います。海音寺潮五郎さんの大長編史伝『西郷隆盛』を読んでいて、印象に残る人物は数々いますが、世間一般にあまり知られていないところで名前を挙げるとすると、私としては森山新蔵と、この益満休之助を挙げます。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2008/11/15 06:20 |
直江兼続と上杉謙信
直江兼続といえば、「愛」という字を前立にした兜を身につけていたことで有名です。この「愛」は愛宕権現や愛染明王に由来しているとの見方が一般的ですが、前回紹介した『日本史探訪』では、仁義重んずる上杉家の家風を反映した「愛民」の意味が込められているのではないかという見解が語られたいます。そして、海音寺潮五郎さんは「直江兼続を理解するには、まず上杉謙信を理解することが必要だ」と述べています。
...続きを見る
ブログ気持玉 10 /
トラックバック 1 / コメント 0
|
2008/11/05 23:03 |
海音寺潮五郎「直江兼続を語る」
場違いな道徳ネタが続きましたので、「あぁ、もうそんな話はうんざりだ!」という声が聞こえてきそうです。このブログの本題、海音寺潮五郎さんの話に戻ることにしましょう。絶好調だったNHK大河ドラマ「篤姫」も終盤に入り、そろそろ興味は来年「天地人」、すなわち直江兼続に移ってきているようです。海音寺潮五郎さんが直江兼続のことを語っている作品には『日本史探訪』があります。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2008/11/04 22:57 |
日本の道徳崩壊と福沢諭吉(完結編)
これまで長々と、日本が道徳崩壊に至った理由とその過程について、私なりの見解を書きつづってきました。日本が経てきた長い歴史の間には様々なことがありましたが、今私たちが住む日本の状況を生み出すに至る大きな変曲点は昭和20年の敗戦だったようで、海音寺潮五郎さんが『史談 切り捨て御免』の中で次のようなことを述べています。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2008/10/27 22:09 |