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日 時 |
海音寺潮五郎 戦地をゆく(その3)
太平洋戦争は真珠湾攻撃で幕を開けましたが、当時の日本はそれ以前、既に中国大陸で戦争(日中戦争、日支事変、支那事変などと呼ばれる)を遂行中でした。日本軍は首都南京を攻略しますが、国民党政府は首都を大陸奥地に移転して抵抗を続け、戦争は長期化の様相を呈していました。そんなとき、日本軍は国内世論を望ましい方向に誘導すべく、メディアの力を本格的に利用することを画策します。それに呼応したのが、当時の文壇の権威・菊池寛でした。
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2009/11/07 08:28 |
海音寺潮五郎 戦地をゆく(その2)
昭和16年(1941年)、海音寺潮五郎さんは陸軍報道班員として徴用されました。41歳のときのことです。しかし、それよりもかなり以前の大正10年(1921年)に徴兵検査を受けたという話が『日、西山に傾く』に出ています。それによると、
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2009/11/03 13:36 |
海音寺潮五郎 戦地をゆく
海音寺潮五郎さんは陸軍報道班員として徴用され、太平洋戦争開戦当初のマレー作戦に従軍しています。当時のことで面白い逸話をいくつか残していますが、事実(史実?)を面白おかしく脚色して世に広めたのは、一緒に従軍した井伏鱒二氏だそうです。おそらく様々な場所で当時のことを執筆し、それが次第に広まったのだと思います。今日は私の手元にある資料から、「伝説のはじまり」を紹介します。
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2009/11/02 13:10 |
山県有朋と桐野利秋
山県有朋は長州藩出身の出自を利用して、維新後の新政府で高位高官に上りました。元来、山県の家は「蔵元附中間組」という格で、武士とは認められない最下層に属していましたところが、高杉晋作が創設した奇兵隊に参加して出世の糸口をつかみます。結果的には位人臣を極め、死後「枢密院議長元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵」と墓誌に刻まれるまでになります。そんな山県有朋の若い頃のこととして次のような逸話が伝わっています。
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2009/10/31 07:19 |
明治天皇と山県有朋
幕末動乱の中、京都にいた天皇は江戸の将軍に対抗する権威として薩長勢力に担ぎ出されました。「天皇」という存在は、政争を有利に運ぶ手段として注目をあびた面が強かったため、薩長の武士達は天皇を道具として利用しただけで、その実、全く尊崇などしていなかったのだという主張が存在するそうです。こうした俗説、単なる思いつきの主張が、国民の歴史理解を誤ることが甚だしいと海音寺潮五郎さんは嘆いています。例えば、大長編史伝『西郷隆盛』の第8巻に次のように書かれています。
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2009/10/24 07:54 |
明治天皇と西郷隆盛
若き日の明治天皇は儒教的な聖人君主を目指す教育を受けました。その人格陶冶の過程では武士出身の侍従たち、吉井友実、村田新八、山岡鉄舟といった人々が天皇を導く道しるべとなりました。武士として完成された彼らは儒教的な人徳を体現した「生きた手本」です。身分の上下を超えて、明治天皇はそんな侍従たちを人間として尊敬していたと思われます。ところが上には上がいるもの。これら大人の侍従達が多大な信頼を寄せる大人物がいました。それが西郷隆盛です。
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2009/10/21 20:23 |
天皇だって人間だ
明治天皇は「日本を近代国家に変革した偉大な指導者」として語られることがあります。現に、明治天皇は優れた人格者だったそうですが、その人格は一朝一夕で形成されたものではありません。天皇だって人間です。幼い頃は人物的に未熟であり(あたり前すぎて変な文章になってしまった)、精神的な修養を積むことによって、立派な人格を築き上げたのです。
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2009/09/26 08:49 |
天皇だって生きている
私は小学生の頃、むやみに天皇が嫌いでした。あろうことか、「僕が大人になって偉くなったら、天皇制を廃止してやる!」などと口走っていました。これはおかしい!こんな小学生、おかしいでしょ!!私自身、当時の記憶が曖昧で、なぜこんな状態になってしまったのか分かりません。が、後付けで理由を探すときに思い当たるのが「日教組」の存在です。
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2009/09/22 08:59 |
吉川英治と海音寺潮五郎
直木賞受賞作『天正女合戦』は海音寺潮五郎さんの初期の代表作です。この作品は千利休を芸術界の英雄ととらえ、天下人・豊臣秀吉と対比して描く独創的な構成となっています。その後の作品『茶道太閤記』でも、海音寺さんは「秀吉対利休」の構図を継承していますが、これに対して作品連載当時(昭和15年)、「国民的英雄の秀吉と一茶坊主の利休を対等の立場で描くとは何事だ!」という批判が起きたそうです。しかし、今になってみるとこの批判の趣旨はやや不明瞭です。『茶道太閤記』を批判した人々の意図を理解するには、昭和15年とい...
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2009/09/04 20:20 |
海音寺潮五郎ブログの実績 2009年度第一四半期
恒例(?)となっている「海音寺潮五郎応援ブログ」の効果測定を公開します。いつもの通り、ブログに張ってあるAmazon.comへのリンクをどのくらいの人がクリックしたのか?そして、どのくらいの人が海音寺潮五郎作品を購入してくれたのか?についてです。
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2009/08/29 07:35 |
海音寺潮五郎『孫子』 バカ売れ!!!
先の日曜日(8/16)、読売新聞の「本よみうり堂」というコーナーで海音寺潮五郎さんの『孫子』が取り上げられました。その影響でこの作品がかつてないほどバカ売れしているようです。
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2009/08/17 20:04 |
真の武士道、真の日本人の鑑
乱世では、その時々の判断が生死を分けます。ある判断の結果、死んで名を残した人もあれば、生き延びて汚名を背負った人もいます。誰しも死は避けたいですが、土壇場で生き延びる道を選ぶと、総じて汚名が伴うようです。そこで「葉隠」は「生きるか死ぬかの時には、死ぬ方を選べ」と教えます。しかし、葉隠は反動武士道であり、人間の正しい道とは言えません。生き延びる道を選び、なおかつ、真義を貫く方法を見出して成し遂げることが理想です。困難な道ですが、日本歴史にもそんな稀有な事例は存在します。山岡鉄舟が駿府の官軍への使い...
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2009/08/14 19:57 |
軍人は気楽な家業ときたもんだ!
大雑把ではありますが、「運命の岐路における人間の行動」をテーマに、様々な時代の事例を取り上げています。本来、武士の存在意義は「職業軍人」として役割を果すことにあります。しかし、江戸も時代を経るに従い、武士が次第に官僚化し、それと共に軟弱化していったことは良く知られている通りです。海音寺潮五郎さんによれば、会津藩や薩摩藩のように、藩士に対して、武士が武士らしくあるための特別な教育を施してようやく、軍人・戦士としての武士を養成できたそうです。会津藩について語っている箇所を大長編史伝『西郷隆盛』第四巻...
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2009/08/11 19:44 |
空気に支配される日本人
日本人には「空気を読む」特殊能力があるという説があります。「以心伝心」、「あうんの呼吸」など、その説を裏付ける言葉も存在します。もっとも、この二つは元来、仏教用語ですので、何も日本人だけが「空気を読める」わけではないのでしょうが、この「空気」と歴史の展開が密接に関わっているのではないか?が今日のテーマです。
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2009/08/06 19:27 |
生きて虜囚の辱めを受けず
ここまで武田家の滅亡、北条氏の滅亡を見てきました。片や、裏切り逃亡の連続で惨めな最期。他方、一族結束して意地を見せての壮絶な最期。こう単純に比較すると、「死を選ぶことが正しい」という発想につながりかねません。確かに、『葉隠』に見られる武士道はこうした価値観を主体にしており、それが「武士の理想像」であるとする意見もあるようです。しかし、私はそうした意見には与しません。これについては海音寺潮五郎さんの意見を先に紹介しました。死を軽んじる風潮を軽々しく振り回すのは、悪名高き「戦陣訓」を連想させて、どう...
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2009/07/31 20:15 |
鎌倉幕府の滅亡
誰でも知っていることですが、鎌倉幕府を開いたのは源頼朝です。しかし、鎌倉幕府の滅亡は源氏の滅亡ではなく、北条氏の滅亡でした。頼朝の死後ほどなく、鎌倉幕府の実権は北条氏の手に渡り、それは幕府の終焉まで続きました。この源氏から北条氏への権力移行が大きな抵抗もなく行われたことを、海音寺潮五郎さんは『蒙古の襲来』の中で次のように述べています。
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2009/07/24 06:43 |
いざ鎌倉
何度も繰り返し書いていますが、日本人の道徳心の源泉は「武士道」にあります。これは主に江戸時代に磨き上げられ、完成されたものですが、当の江戸時代の武士達は武士の理想像、好ましい主従のあり方を鎌倉時代に求めていたそうです。いわゆる「いざ鎌倉」がそれです。
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2009/07/19 07:43 |
武田家の滅亡
武田信玄亡き後、勝頼の率いる武田家は滅亡への道をまっすぐに進んでいったように見えます。その経過は海音寺潮五郎さんの『武将列伝 戦国爛熟篇』収録、「武田勝頼」を読むとよく分かります。最期はあまりにも悲惨、象徴的なのは家臣達の裏切りです。
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2009/07/11 09:11 |
加藤清正と徳川家康
江戸時代を通して武士の道徳、いわゆる「武士道」が形成されていくにあたり、最も重要な役割を果たしたのは儒学です。これは徳川家康が林羅山を採用し、その家学であった「朱子学」を官学としたことに始まります。しかし、その以前から儒学を学んでいた武士は少なくなかったようで、例えば、加藤清正などは儒学を学ぶについての面白い逸話が伝わっています。
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2009/06/26 14:48 |
海音寺潮五郎と司馬遼太郎『梟の城』編
海音寺潮五郎さんは講談倶楽部賞の選考会で、司馬遼太郎さんの『ペルシャの幻術師』を受賞作とするのに決定的な役割を果たしました。それから4年後、『梟の城』で直木賞を受賞した司馬遼太郎さんは確固たる文名を確立します。これぞ国民的大作家「司馬遼太郎」の出発点といえると思うのですが、ここでも海音寺潮五郎さんが司馬さんのために重要な役割を果たしています。しかし、その真相はあまり知られていません。例によって、ネット上には情報がありません。それを紹介しようというのが、今回のお話です。
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2009/06/14 06:14 |
海音寺潮五郎と司馬遼太郎『ペルシャの幻術師』編
海音寺潮五郎さんと司馬遼太郎さんのただならぬ関係(いかがわしい意味ではありませんよ)については、両作家に多少でも興味のある方なら耳にしたことがあると思います。しかし、印刷された書籍類を別にすると、ネット上にはお二人の関わりあいについて、詳細な情報はほとんど存在しません。ネットの情報がいかに偏っていて不完全であるかの傍証だと思います。先頃、文芸評論家の磯貝勝太郎さんの作品『司馬遼太郎の風音』を入手したのですが、そこに詳しい経緯が描かれていたので紹介してみたいと思います。今回は『ペルシャの幻術師』編...
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2009/06/07 07:40 |
真田幸村と豊臣秀頼
「武士は名こそ惜しけれ」という言葉があります。武士が持っていた価値観の一端を示すものと理解してよいでしょう。この「名こそ惜しけれ」の具体例として、豊臣家が滅亡した「大坂 夏の陣」における真田幸村の行動があります。
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2009/05/28 15:36 |
花は桜木 人は武士
日本人の道徳のあり方を考えるには、「武士」「武士道」に立ち返る必要があるというのが私の直感です。私は「武士道は封建的でけしからん!」という意見には全く与しません。しかし、武士道を手放しで礼賛するのが誤った姿勢であることも認識しています。武士道にも善い面、悪い面があるはずで、それを見極めたいというのが私の思いです。武士道を語る際に、しばしば引き合いに出されるのは新渡戸稲造の「武士道」と、山本常朝の「葉隠」です。素材として、この二つが適切なのかという疑問が常々あるのですが、例えば、海音寺潮五郎さんは...
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2009/05/26 23:06 |
みなさんのおかげです
ご存じと思いますが、海音寺潮五郎さんの没後、その作品・著作権を管理しているのは「財団法人 海音寺潮五郎記念館」です。記念館設立には司馬遼太郎さんが尽力されたとのことです。今日はこの海音寺潮五郎記念館の主な収入たる「印税収入」、つまり海音寺潮五郎さんの作品がどの程度売れているのかについて取り上げます。
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2009/05/19 23:06 |
南無高祖日蓮大菩薩
海音寺潮五郎さんは「日本人に日本歴史の常識を持ってもらいたい」という念願のもと、多数の史伝を執筆し、様々な人物を取り上げています。しかし、長い日本歴史を扱う以上、どうしても人選には偏りがあります。歴史を語るには、いわゆる「施政者」に相当する人物を中心に据える必要があるため、この範疇に当てはまらない人物は著名人であっても、あまり取り上げられていません。例えば、僧侶などがそうです。日本は仏教が主流な宗教であった期間が長いため、名のある僧侶を何人も輩出していますが、残念ながら海音寺潮五郎さんの筆が及ん...
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2009/05/16 09:45 |
明治の和気清麻呂
本家・和気清麻呂に続き、今日取り上げるのは「明治の和気清麻呂」です。さて、一体誰のことでしょうか?今、ざっくりとネットで検索してみたところ、「明治の和気清麻呂」が誰のことなのかについてすぐには情報が見つかりませんでした。
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2009/04/29 10:02 |
日本史上での諫言の士
話は前々回から引き継ぐ形になります。豊臣秀吉の周囲に、朝鮮出兵を諫止する勇気を持った人物がいなかったこと、これは何よりも豊臣家自身にとっての大きな不幸でした。この戦いが原因となって豊臣家は滅亡していったとする海音寺潮五郎さんの歴史解釈は既に紹介しましたが、日本史には「命をかけて諫言する」といった型の人物に乏しいような気がします。一方、古代中国(何だかんだ言って、結局この呼称)では、この種の人物には事欠きません。私は近現代史には全く疎いので最近のことは知りませんが、古い時代、あの地域は偉人、傑人の...
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2009/04/25 12:51 |
やっぱり、「支那」なんでしょ?
以前、岡本綺堂の『中国怪奇小説集』に海音寺潮五郎さんが「綺堂先生に感謝する」という題の序文を寄稿していることを紹介しました。この『中国怪奇小説集』、もとは『支那怪奇小説集』というタイトルだったそうです。ということで、今日は「支那」か?「中国」か?というお話。けっこう、目から鱗です。
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2009/04/23 23:10 |
加藤清正と小西行長
海音寺潮五郎さんの歴史解釈のあり方については、このブログで何度も取り上げていますが、今日は加藤清正と小西行長の比較を題材に、もう一度ふれてみることにします。舞台は豊臣秀吉の命令によって行われた朝鮮の役です。
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2009/04/22 22:59 |
文豪のエロスを読む
現在発売中の「文藝春秋 SEPCIAL 2009年季刊春号」に海音寺潮五郎さんの作品が紹介されていました。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、『二本の銀杏』です。掲載されていたのは、「特集 ジャンル別・この十冊」という箇所なのですが、なんと『二本の銀杏』は「文豪のエロスを読む」というジャンルで選出されていました。これはおもしろい!
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2009/04/12 15:45 |
価値観と価値観の戦い
日本の道徳問題、日本人のモラル低下への対策案に関して、何回かに分けて私なりの考えを述べてきました。もう一度振り返ってみたいと思います。道徳というものは、「敬する心」に対する「恥じる心」から生まれてきます。人々に正しく「敬する心」を養ってもらうには、「敬」の対象を正しい価値観で選出する必要があります。しかし、価値観は立場や状況、時代の変遷によって様々に変化するものであり、そこに難しさがあります。では、結局のところどうすればよいのでしょうか?
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2009/04/07 20:22 |
未来永劫、絶対に正しい価値観
道徳の問題を検討するには、物事の善悪を判断する「価値観」について考える必要があります。しかし、価値観は扱いが難しいもので、誰にとっての価値なのか?どういう状況での価値なのか?によって、「正しい価値観」、「誤った価値観」といった判断は分かれることになります。これが前回の話でした。今、私は「敬する心」に基づく道徳のあり方を模索していますが、敬する対象は当然、現代人よりも歴史上の人物を多く求めることになるでしょう。そこで新たに浮上してくる問題が、「価値観」の時代による変遷です。これについては、海音寺潮...
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2009/04/03 19:27 |
絶対に正しい価値観
(前回からの続き)「敬する心」に基づく道徳を形成するには、「敬」の対象を正しい価値観に基づいて選出する必要があります。道徳というものには、それを主張する人にとって都合の良い価値観が埋め込まれていることがしばしばあるため、表面上は正しそうに思える内容であっても、そこに秘められた真の意味をしっかりと吟味することが求められます。教育勅語の問題やニーチェの言う「奴隷の道徳」は、そうした問題を考える素材でした。さて、いよいよ話が難しいところに入ってきました。それは、「これこそが絶対に正しい」と言えるような...
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2009/03/29 14:45 |
一体誰のための道徳か?
これまで色々と道徳の問題を考えてきましたが、簡単におさらいしておきましょう。まず、ドストエフスキーの言葉、「宗教なくして道徳なし」を取り上げました。道徳は宗教の持つ権威・絶対性によって支えられています。ところが日本では宗教が力を失い、それに応じて日本人の心から道徳心が乏しくなりつつあるという問題を抱えています。私は宗教には期待していないため、宗教に頼らない道徳のあり方を模索しています。その結果、宗教ではなく「尊敬心」という感情に基づく道徳があり得るのではないかとの考えにたどり着きました。実は「尊...
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2009/03/07 16:35 |
ニセ道徳の危険性
これは海音寺潮五郎記念館誌の創刊号に書かれていることなのですが、海音寺潮五郎さんの没後、著作活動のために収集していた多くの書籍が鹿児島県立図書館に寄贈され、「海音寺文庫」と命名されたのだそうです。興味深いのは、海音寺潮五郎さんが所有していた書籍の豊富さなのですが、図書館関係者が記念館誌に寄稿しているところによると、
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2009/03/03 14:55 |
動物と人間の根元的な違い
漢学者の安岡正篤という人をご存じでしょうか。私たちの生活に身近なところでは、現在の元号「平成」という名称を考案したとされる人物です。学者としては王陽明の研究で有名で、生前は政財界にも非常に強い影響力を持っていたそうです。最近、この安岡正篤の作品をいくつか読む機会があったのですが、その中に興味深い記述がありました。人間と単なる動物とを区別する最も根元的な違いは何か?という話です。
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2009/02/28 21:11 |
また海音寺文学に戻ってきます
ここ2年ほどの間に、海音寺潮五郎さんの作品は史伝を中心として復活が相次ぎ、一時期の悲惨な「絶版だらけ」という状況は脱しました。一部の代表作がまだ埋もれたままなのは事実ですが、私のこのブログでの活動もそろそろ次の段階に移ろうかと思っています。次の段階というのは「道徳」の話です。「またその話か、興味ないよ」という方もいらっしゃるかと思いますが、少々お待ち下さい。海音寺潮五郎さんの作品の話題から離れ、脱線が続くように見えるかもしれませんが、まわりまわって再び海音寺潮五郎さんの所に帰ってくる道筋が私の中...
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2009/02/22 07:27 |
海音寺潮五郎『新名将言行録』
海音寺潮五郎さんの作品がまた一つ復刊されました。河出文庫の『新名将言行録』です。出版社は河出書房新社ですが、この出版社が「超ニッチ海音寺潮五郎ブーム」に便乗して『蒙古の襲来』、『大化の改新』を出版していることは前にこのブログでも取り上げましたね。今回の『新名将言行録』は便乗第3弾というわけです。この作品についてはネットで公開されている情報が不十分で、内容がよく分からない方も多いと思いますので、少し紹介してみましょう。
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2009/02/17 22:10 |
筑波大の学生さんを探しています
久しぶりの更新になりました。海音寺潮五郎さんについてのこんなブログを書いている私ですので、読まれている方の中には、私のことを「さぞかし海音寺潮五郎さんのことに詳しいのだろう」と思われるようで、色々と質問をされる方がいらっしゃいます。それに関連して、今日は「筑波大の学生さんを探しています」という話です。
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2009/02/10 21:26 |
海音寺潮五郎「阿波の屋形」
先日、新聞の広告欄で見つけたのですが、「小説新潮」という雑誌で「時代小説温故知新」という特集があり、そこに海音寺潮五郎さんの作品が収録されているということです。調べて見ると、それは何と!あの「阿波の屋形」ではありません!!
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2009/01/23 15:57 |