海音寺潮五郎 戦地をゆく(その4)

話は海音寺潮五郎さんが「白紙」で徴集を受けた昭和16年のことです。軍隊への召集といえば「赤紙」の印象ですが、海音寺潮五郎さんの場合は「白」でした。兵隊として軍隊に「召集」される場合が「赤」。兵隊ではなく、軍事を周辺から支援する活動に「徴用」される場合は「白」と決まっていたそうです。兵隊として軍隊に召集されるのは建前では名誉なことですが、本心では嫌なこと、忌まわしいこと、できれば避けたいことだったでしょう。これは徴用についても同じです。海音寺潮五郎さんの作家仲間では徴用をうまく免れた人もいました。

海音寺潮五郎全集第21巻に書かれているところによると、うまくやった作家はサトウ・ハチロウ(サトウハチロー)氏だそうです。全集から引用すると、

この時、病気を申し立てて、それが通ったのは、サトウ・ハチロウ氏だけだった。ハチロウ氏は当日洋服に草履ばきという姿であらわれて、神経痛であると申し立てた。神経痛は、現代医学では最もわからない病気で、診察では絶対にわからないそうだから、彼はきっと知合いの医者に知恵を貸してもらって来たに相違ない。

「神経痛?だったら、大丈夫ですよ。温かいところに行っていただくのですから」
と、徴用官は言った。
「ところが、ぼくの神経痛は夏冬共に出るんですよ。どうやら原因は梅毒らしいですがね」
ハチロウ氏は、シャアシャアと言った。
徴用官は軍医と相談していたが、申立て相立った。


ということです。
こうした例外はあったものの、実に多数の作家達が徴用され、戦地に派遣されることになりました。資料によると、その陣容は、

・マレー、シンガポールへ
 会田毅、秋永芳郎、井伏鱒二、大林清、
 小栗虫太郎、海音寺潮五郎、北川冬彦、小出英男、
 境誠一郎、里村欣三、神保光太郎、寺崎浩、
 中島健蔵、中村地平

・ジャワ、ボルネオへ
 阿部知二、浅野晃、大江賢次、大木淳夫、
 大宅荘一、北原武夫、寒川光太郎、武田麟太郎、
 富沢有為男

・ビルマへ
 岩崎栄、小田嶽夫、北林透馬、倉島竹二郎、
 榊山潤、清水幾太郎、高見順、豊田三郎、
 山本和夫

・フィリピンへ
 石坂洋次郎、上田廣、尾崎士郎、今日出海、
 沢村勉、柴田賢次郎、寺下辰夫、火野葦平、
 三木清


以上は陸軍ですが、海軍も文士徴用令を発して、

 石川達三、井上康文、海野十三、角田喜久雄、
 北村小松、桜田常久、丹羽文雄、浜本浩、
 間宮茂輔、湊邦三、山岡荘八


といった面々を引き連れることになったそうです。

そもそも、こうした活動の根拠となったのは、昭和14年に発令された国民徴用令です。これは国家総動員法に基づいて法令化されたものですが、軍事活動への作家等の文人活用は、前回紹介した「漢口作戦」でテストケースとして実施されています。

そのテストケースで軍の意向に迎合し、積極的に協力を推進したのが菊池寛だったことも前回紹介しましたが、漢口作戦でのメディアを用いた世論操作が功奏したため、日本軍は新たな言論誘導を対米英戦争開始にあたって大々的に企画したというわけです。

その菊池寛が今回の文士徴用に際して、壮行会を開いたという話が海音寺潮五郎全集(第21巻)に出ています。以下、引用すると、

 
この翌々日あたり、文芸春秋の菊池先生が、従軍することになった作家一同を招待して、壮行会を開いて下さった。
その席で、菊池先生は言う。
「まあ二月くらいだね。いい見物になるよ。いつぞやぼくらが軍の招待で中支に従軍したね。あれと同じだよ」

ぼくは異議を申し立てた。
「一年という期間になっています。それに、軍という所は、外面がよくて、内面のひどく悪いところのようです。先生方はお客さんとして従軍されたのですが、こんどは軍の一員になるのです。ぼくはひどいことになりそうな気がするんですがね」

すると菊池先生は言った。
「君等をいじめて何の得が行くのだ。そんなばかなことをするものか。軍は君等を利用しようとしているのだ。ぼくらの従軍と同じだよ。歓待してくれるよ。せっかくいい見物をして来たまえ」

言われてみれば。これが常識だ。ぼくは一も二もなく自説を撤回したが、後にして思うと、ぼくの見通しがたしかだったのだ。軍という所は、常識の支配するところではなかった。えらい目にあわされた。


とあります。

菊池寛は全く他人事の無責任な発言をしていますが、かつての自分の活動が今回の自体を招いたことを認識していないのでしょう。
「いい見物」どころか、作家達の従軍は苦心惨憺たるものになったようです。手持ちの情報が少ないので詳しくは事例を挙げられませんが、例えば、海音寺潮五郎さんと同行した里村欣三氏は従軍中に戦死しています。

さて、「海音寺潮五郎 戦地行く」と題して長々と書いていますが、まったく戦地入りしませんね(笑)。タイトルは「戦地へ行く」とすべきだったでしょうか?まだ日本国内でのエピソードが残っていますので、それを次回で。


特別企画:海音寺潮五郎 戦地を行く

 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく

 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく(その2)

 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく(その3)

 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく(その4)

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 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく(その10)

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 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく(最終回)

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