海音寺潮五郎 戦地をゆく(その2)

昭和16年(1941年)、海音寺潮五郎さんは陸軍報道班員として徴用されました。41歳のときのことです。しかし、それよりもかなり以前の大正10年(1921年)に徴兵検査を受けたという話が『日、西山に傾く』に出ています。それによると、

 
軍縮のあったのは、大正十年からです。岩波の年表では十一年からとなっていますが、陸軍はその前年から実行にかかっていたに違いありません。というのは、わたしは十年に徴兵検査を受けて「第一乙の三番」ということになりましたが、兵隊にとられませんでしたからね。第一乙の三番なら、その以前だったら、また軍縮以後だったら、もちろん甲種合格ですよ。軍縮の実行にかかっていたから、助かったのです。


とあります。

「岩波の年表」云々というのは、大正10年に開催されたワシントン軍縮会議のことでしょうか。会議は翌年(大正11年)に閉会しています。日本にとって重要なのは、この会議の際、アメリカの要求によって日英同盟が廃棄されたことです。これが後々の「対米英戦争」につながっていくわけですから。

ところで、今や日本には徴兵制がありませんので、若者も毎日のほほんとして暮らしていられますが、かつてはそうではありませんでした。しかし、私たちの世代では当時の知識も乏しく、上述の海音寺潮五郎さんの逸話もすんなりとは理解できません。

そこで調べてみると、当時の日本の徴兵検査結果には、
 甲
 第一乙
 第二乙
 丙
 丁
 戊
の5段階あったそうです。

このうち、
 甲、乙は現役の兵士に適する者。
 丙は現役兵士には不適当なため「国民兵役」に服すると規定し、徴集はしない者。
 丁は兵士として不合格で兵役を免除するもの。
 戊は判定不能。
と区分されていたとのことです。

ちなみに手元の史料によると、昭和10年の兵役検査の結果内訳は、
 甲:29.7%
 第一乙:11.5%
 第二乙:20.5%
 丙:31.8%
 丁:6.3%
 戊:0.1%
だったそうです。これをそのまま当てはめると、海音寺潮五郎さんは上位から30%という位置だったことになります。

さて、このときは運良く兵役を免れた海音寺潮五郎さんでしたが、作家としての文名も確立した昭和16年になって従軍しなければならないはめになります。
そのときの様子が海音寺潮五郎全集第21巻収録の随筆「馬鹿な話」に書かれています。以下、引用しますと、

 
昭和十六年の十一月十日頃であったろうか。夜の十一時頃、酔っぱらって帰宅すると、女房が、
「徴用令書が来ましたよ」
と、いう。
「徴用令書?なんだいそりゃ」
もうろうたる酔眼で、渡された白い紙を見ると、
「来る十一月十五日、午前十時、本郷区役所に来い」
と、ある。
「なるほど、こりゃ徴用令書だ」

 徴用という制度が議会で決定されて間もない頃だ。軍需工場の職工や、鉱山の抗夫や、そうした所の事務員にするためのもので、作家には用事のないものだとばかり思っていたから、くわしいことは知らなかったが、そんなものが制定されたことだけは知っていた。


とあります。
ところが、海音寺潮五郎さんはこの徴用令書は何かの間違いだと思いこみ、役所に掛け合って取り消して貰うつもりで乗り込みます。すると、

十五日が来て、行ってみた。控室になっている区役所の二階の広間に入るや、
「アッ、いけない」
と、思った。知っている作家連中がずらりとならんでいたのだ。親の遺産で暮らしているノラクラ息子と間違えて徴用するのではなく、作家として徴用するのであることは、もう明かであった。


ということです。こうして海音寺潮五郎さんの従軍生活が始まることになります。

ところで、作家の従軍活動はこれ以前に既に多くの実績があります。その背景には、第1次世界大戦以降、戦争は単に軍隊同士の衝突の次元を超え、国家と国家が全力をあげ「国家総動員体制」で臨むべき時代になったという認識があります。

そこで作家達に求められたのは、言論の力によって国民の意志を戦争遂行に向けて統一することでした。もちろん、作家達の言論は、新聞や雑誌などのメディアを通して、国民の目に触れることになります。

端緒となる活動は日中戦争において行われました。そこで大きな役割を果たしたのが、当時の文壇で強い影響力をもっていた菊池寛だったそうです。その辺の話を次回で書きます。


特別企画:海音寺潮五郎 戦地を行く

 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく

 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく(その2)

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 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく(その11)

 ・海音寺潮五郎 戦地をゆく(最終回)

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