海音寺潮五郎『西郷と大久保』(その5)
海音寺潮五郎さんは歯に衣着せぬ物言いのため、現役の頃には色々と批判が多かったようなふしがあります。中には批判する側の無知を原因とするいわれのない不当な内容もあり、海音寺潮五郎さん自身が苦笑してしまうこともあったそうですし、単に苦笑では済まず、例えば『蒙古来る』に関するものでは、旧年来の友人と袂を分かつようなことも経験しています。
こうした不当な批判を恐れず、言うべき事をしっかり作品中で表現するのが海音寺潮五郎さんの良さで、私も読んでいて胸のすく思いを度々味わっています。
しかし、作者たる海音寺潮五郎さん自身は低レベルな批判が多い状況に辟易していたとも思われ、例えば『西郷と大久保』にはこんな文章があります。
これは西郷や大久保を中心に結成された「誠忠組」が藩主の知るところとなり、藩主から直々に手紙をもらったため、同志たちが大喜びしたときの様子を説明したものです。
一片の直書によって、人々がこうも感動したことは、現代人にはわからない心理であろうが、これはこの時代の人になったつもりで考えてみなければならない。父祖代々、主家とともに最も緊密な運命共同体として生きて来た上に、物心のつくかつかないかの頃から日夜に君恩を説かれ、忠誠を尽くすべきことを教えられて来たのであることを思えば、感情的にはわからなくても、理窟としてはある程度わかるであろう。
現代では封建諸侯の君臣関係を階級闘争と、労使関係とだけで割切ることがはやるが、それだけで割切れるものではなかろう。念のためにことわっておく。作者はこの時代のこうした感情を讃美しているのではない。説明しているだけである。
わざわざ、
「讃美しているのではない。説明しているだけである。」
と書いているところに、海音寺潮五郎さんの過去の苦労が忍ばれますね。
こうした不当な批判を恐れず、言うべき事をしっかり作品中で表現するのが海音寺潮五郎さんの良さで、私も読んでいて胸のすく思いを度々味わっています。
しかし、作者たる海音寺潮五郎さん自身は低レベルな批判が多い状況に辟易していたとも思われ、例えば
これは西郷や大久保を中心に結成された「誠忠組」が藩主の知るところとなり、藩主から直々に手紙をもらったため、同志たちが大喜びしたときの様子を説明したものです。
一片の直書によって、人々がこうも感動したことは、現代人にはわからない心理であろうが、これはこの時代の人になったつもりで考えてみなければならない。父祖代々、主家とともに最も緊密な運命共同体として生きて来た上に、物心のつくかつかないかの頃から日夜に君恩を説かれ、忠誠を尽くすべきことを教えられて来たのであることを思えば、感情的にはわからなくても、理窟としてはある程度わかるであろう。
現代では封建諸侯の君臣関係を階級闘争と、労使関係とだけで割切ることがはやるが、それだけで割切れるものではなかろう。念のためにことわっておく。作者はこの時代のこうした感情を讃美しているのではない。説明しているだけである。
わざわざ、
「讃美しているのではない。説明しているだけである。」
と書いているところに、海音寺潮五郎さんの過去の苦労が忍ばれますね。
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