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zoom RSS 海音寺潮五郎記念館誌 第20号

<<   作成日時 : 2013/09/01 19:28   >>

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2001年3月31日発行の海音寺潮五郎記念館誌、第20号です。前回の19号が1999年の発行だったため、2年ぶりの記念館誌。その間、記念館としての活動は継続していたようで、恒例の文化講演会は2回分が収録されています。

平成11年度が阿刀田 高氏と磯貝 勝太郎氏、平成12年度が澤地 久枝氏と原口 泉氏です。

海音寺潮五郎記念館誌 第20号(PDF:7.3MB)


海音寺潮五郎記念館誌 第20号

 ・文化講演会(平成11年度、および平成12年度)
  - 阿刀田 高  「考えるヒント」
  - 磯貝 勝太郎  「海音寺潮五郎と司馬遼太郎」
  - 澤地 久枝  「母のやさしさ」
  - 原口 泉  「海音寺文学と琉球・アジア」

 ・海音寺潮五郎年譜:その19

 ・『私と海音寺』 山本修巳 「豊かな島」

 ・海音寺潮五郎著書目録稿 その13

 ・事務局だより


この第20号はファイルをご覧いただけば分かる通り、4つ折りで配布する準備がされていた残りをいただいたもので、折れ目が入ってしまっています。保存状態がよくないのは残念ですね。

文化講演会の内容は2回分を圧縮して掲載していますので、全体的に駆け足の感じがしますが、例えば、磯貝勝太郎先生の話は興味深いです。他の場所でも似たような話が掲載されていますが、西郷隆盛の史伝完成に情熱を傾けていた海音寺さんが、司馬さんの連載『翔ぶが如く』を読んで

「司馬くんでもわかっちゃいないんだからなあ」

と評した逸話が紹介されています。

澤地久枝さんの講演は冒頭から興味を引く話題。加藤清正が朝鮮の役の結果得た現地の石工が、休憩時間に『中庸』を読んでいるのを見て、自分の側近に取り立てた話です。この石工は清正が死んだときに殉死したそうです。
清正と言えば、晩年は『論語』に傾倒したという話があり、このブログでは「加藤清正と徳川家康」として紹介していますので、こちらもあわせてご覧ください。

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