海音寺潮五郎応援サイト 〜 塵壺(ちりつぼ) 〜

アクセスカウンタ

zoom RSS 海音寺潮五郎『明治太平記』(その2)

<<   作成日時 : 2008/06/25 21:44   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

前回からのつながりで書いていますが、映像化された海音寺潮五郎さんの作品と言えば、他には『明治太平記』があげられます。これは海音寺潮五郎さんには珍しく、明治維新後の時代を扱った作品ですが、執筆されるに至った経緯については面白い話が残っています。

海音寺潮五郎さんは終戦後、疎開していた郷里・鹿児島から上京し、執筆活動で生計を立てるべく努力していましたが、戦後の混乱が社会的に続いているなか、出版社の倒産などで原稿料がもらえなかったりして、仕事に見合うだけの収入が得られなかったそうです。一方でその収入があったものとして所得税は課税されるため納税がままならず、何度も差し押さえの憂き目に合い、ほとほと生活に窮していたそうです。
東京での生活が立ちゆかないため、再び鹿児島に戻るしかないかと覚悟していたあるとき、海音寺潮五郎さんによれば、
 「一流の地方新聞」
の東京支社の人が、
 「連載小説を書いて欲しい」
という依頼を持ち込んできたため、飛び上がるほど喜んだのだそうです。しかし、海音寺潮五郎全集第12巻の「あとがき」に書かれているところよると、そのとき海音寺潮五郎さんは、

「おれの運命のドン底もずいぶんつづいた。このへんで上向きになってもよい頃だ。この連載小説依頼は、その兆しかも知れない。とすれば、中央の一流紙から依頼が来るかも知れない。これに飛びつくべきではない」

と考え、依頼受諾を保留したのだそうです。ふたたび、海音寺潮五郎全集第12巻の「あとがき」から引用すると、

すると、数日後、読売新聞の文化部長の細川忠雄氏が、文化部員の竹内良夫氏を使いによこして、夕刊の連載小説を依頼したいが、書く気があるかと、言います。
「ありますよ」
開運の予見が的中したので、二重のうれしさです。

とのことで、「一流の地方新聞」の担当者には気の毒な話ですが、海音寺潮五郎さんは全国紙たる読売新聞の依頼を受け、その結果執筆されることになったのが『明治太平記』だというわけです。

この『明治太平記』はNHKのテレビドラマとして映像化されたそうで、それがいつのことなのか今すぐには確認できませんが、海音寺潮五郎さんの『さむらいの本懐』(文春文庫)に収録された「原作者の不安」に書かれているところによれば、

 自分の原作が芝居になったり、映画になったりする度に、ぼくはいつも不安だ。出来て来た台本を見ると、まるで似もつかぬものになっているようだからだ。とりわけ不安なのはセリフだ。
(中略)
 一昨年の秋、ぼくの「明治太平記」をもとにして、「渦」というテレビ・ドラマがNHKで放映されたが、この時も同じ不安があり、同じ感心があった。これは大へん受けて、四回でおわったとたん、視聴者から電話で、なぜこんな面白いものを四回くらいで終わるのだと、文句が来たというから、大成功だったのだ。
(後略)


ということで、映像化の事実が確たる証拠として残っています。ドラマが好評だった要因には前回同様、海音寺潮五郎さんの原作が持つ魅力があったのは言うまでもありませんね。

『明治太平記』は第1部が執筆された後、第2部、第3部と続編が書かれる計画があったそうなのですが、諸般の事情によってこれは実現せず、結果として『蒙古来る』や大長編史伝『西郷隆盛』が執筆されることにつながっていくのですが、これについてはまた別の機会に触れたいと思います。
明治太平記 (1968年) (角川文庫)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
海音寺潮五郎『明治太平記』(その2) 海音寺潮五郎応援サイト 〜 塵壺(ちりつぼ) 〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる