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help リーダーに追加 RSS 海音寺潮五郎『西郷隆盛』(その9)

<<   作成日時 : 2008/01/07 09:25   >>

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前回紹介した通り、井伊直弼は殺されるべくして殺されました。幕末に多数行われた暗殺の中で、海音寺潮五郎さんは桜田門外の変での井伊直弼暗殺と、土佐藩での吉田東洋暗殺の二つだけは、どうしてもやむを得なかったものとして認めています。愛弟子ともいうべき司馬遼太郎さんは少し見解が異なり、吉田東洋の件は認めず、唯一、井伊直弼暗殺だけは必要悪として認めています。どちらにしても、井伊直弼は強硬手段で排除される運命にあったのですね。もちろん、これは井伊直弼自身の自業自得によるものです。

こう書いてくると「暗殺を是認するとはけしからん!!!」という反論が聞こえてきそうです。これに対して海音寺潮五郎さんは先手を打っています。引き続き海音寺潮五郎さんの大長編史伝『西郷隆盛』からですが、

暗殺がよくないことであるのは言うまでもない。しかし、それは言論の自由があり、正しく運用されている議会のある場合のことだ。それのない時代、ゆがんだ形で正義が立てられようとするのは避けられないことである。
(中略)
腕力や暗殺は原則的には否定さるべきものであるが、それには言論の自由が先行しなければならない。言論の自由を確保する不断の戦いと努力なくして、腕力や暗殺を否定することは暴悪な野心家に社会を売り渡す怯懦なふるまいであるとさえ、ぼくには思われる。


と意見を述べています。そして、井伊直弼の暗殺については、

ともあれ、桜田の挙は密雲に閉ざされ、窒息せんばかりになっていた当時の日本における雷電の一撃であった。正論すべて発露の途をふさがれてどうしようもなくなっていた日本が、この雷電の一撃によってひらけて来たことは事実である。

と書いています。

海音寺潮五郎さんの『西郷隆盛』は単に西郷の伝記を執筆しているに留まらず、幕末維新史全体を記述することで、その中から西郷隆盛の真の像を浮かび上がらせることを意図して作られています。
そのため、直接西郷が関わっていない事件にも多くの紙面が割かれているわけです。
そうしてくると、当然、悪い意味での幕末の重要人物である井伊直弼のことも色々と言及せざるを得ず、何かと厳しく批評されるわけです。

それにしても井伊直弼はなぜこれほどまでに糾弾されなければならないのでしょうか?これについて海音寺潮五郎さんは、

政治家は志がよければそれでよいというものではない。うまくやらなければならない責任がある。うまくやれなかった政治家は当代からも後世からも非難されることを覚悟しなければならない。井伊はその政治手腕が拙劣であっただけでなく、その強い我意に根ざす恐怖政治によって国民の憂国心を弾圧し、国民中の優秀分子を虐殺した。非難をまぬかれることの出来ないこと、東条英機と一般である。

と述べています。
東条英機が引き合いに出されているところはひとまずおくとしても、井伊直弼が後世から繰り返し非難されなければならない理由がここにあるのです。
井伊直弼のことは幕末の暗黒面といいますか汚点なわけですが、この話はいいかげんこれくらいにして、今後のブログでは、新時代を開くために苦闘した偉人達の話に戻したいと思います。
西郷隆盛 第二巻

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