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海音寺潮五郎さんは若かりし頃、漢文学者を志していたということです。当然、漢字についての造詣が深く、作品中でも自由自在に使いこなしています。読者たる私たちが、時々、意味の分からない熟語出会うことになるのはこのためです。個人差はあるでしょうが、漢字の持つ意味をじっくりと理解する教育機会が減っている現在、本来は特に難しいわけでもないのに、意味曖昧なまま使われている漢字、熟語が少なくないような気がしています。今回はそんなお話です。つまり「尊王」と「勤王」の違いです。 なんだ、そんなことさえ知らなかったの?という方が多いのであれば、それで結構なのですが、かく言う私自身が海音寺潮五郎さんの大長編史伝『西郷隆盛』を読んでいくなかで、この「尊王」と「勤王」の違いがはっきり分からず戸惑っていたのです。 こんなことは私の無知をさらけ出すだけですので、ブログに書くような内容ではないのですが、実は少し前に視た歴史テレビ番組で「尊王」と「勤王」の違いを混同して使っているシーンを目撃したので、ネタにしようと思った次第です。 そのテレビ番組はテレビ東京系で放送されていたもので、タイトルは分かりませんが幕末を舞台とし、篤姫が登場するという典型的な「便乗番組」でした。 その番組は内容が荒唐無稽で視るに耐えないものでしたが、たまたまチャンネルを回した瞬間が問題のシーンだったのです。 それは島津斉彬が倒幕を決意するシーンでした。念のため断っておきますが、島津斉彬が倒幕を企てたことはありません。海音寺潮五郎さんの作品を読んでいる良識あるみなさんはよくご存じだと思います。あくまでも、今取り上げているテレビ番組の中で話しです。 さて、問題の倒幕決意のシーンで島津斉彬はこう言ったのです。 「やはり、ここは尊王でいくしかないか。。。」 うーん、凄いセリフです。島津斉彬が言うのですから余計に凄みがあります(笑)「尊王攘夷」という言葉があります。小学生の歴史教科書にも載っている良く知られた言葉です。幕末の動乱が倒幕・明治維新という形になったのは誰でも知っていますので、何となく「尊王攘夷」=「倒幕」、「尊王」=「倒幕」という理解をしている人も少なくないのでしょう。この番組での「尊王」の使われ方はまさにそれです。つまり「尊王」という簡単な言葉の意味さえよく分からずに番組作成していたのでしょうね。あ、またテレビ批判だ! さて、ここからはくどくど説明するのが恥ずかしいくらい簡単な話なのですが、「尊」は「とうとぶ」ですから、これはあくまで心の持ちよう、心理状態を示しています。 一方、「勤」は「つとめる」ですから、こちらは実際の行動を伴う場合に使われます。「王」は言うまでもなく天皇ですね。 要するに 「俺は天皇を尊敬しているぞ!」と思えばそれは「尊王」で、 「俺は天皇を尊敬しているから、無礼な夷人どもを斬るぞ!」と行動すれば「勤王」 なわけですね。 江戸時代を通しての朱子学盛行によって、幕末当時、「尊王」という考え方は武士階級にとっては誰もが持っている当たり前の概念だったそうです。このあたりは、海音寺潮五郎さんの『西郷隆盛』を読んで下さい。
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