海音寺潮五郎応援サイト 〜 塵壺(ちりつぼ) 〜

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<<   作成日時 : 2007/03/21 13:28   >>

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人間には相性というものがあり、不思議なほど気の合う相手がいれば、逆にどうにもそりの合わない相手というのもいるもので、けっして長くない私の人生でもそういう両面の出会いが多々ありましたし、みなさんも同様だと思います。そして、海音寺潮五郎さんが見いだし、優秀な弟子(言葉の厳密な定義はおくとして)として成長した司馬遼太郎さんは、海音寺さんにとって相性の良い相手だったに違いありませんし、その一方で、海音寺さんとは全くそりの合わなかった人も少なくなかっただろうと想像します。そんな典型例が、池波正太郎氏です。

これは一部Wikipediaにも書きましたが、海音寺潮五郎さんは直木賞の選考委員を長く務めており、その間に司馬遼太郎さんも、池波正太郎氏もこの賞を受賞しています。海音寺さんが司馬さんの才能を高く評価したことは以前このブログでも書いた通りですが、逆に池波氏の才能を全く評価しない点で海音寺さんの態度は徹底しており、第3者ながらも、その酷評ぶりは池波氏に対してつい同情を寄せてしまうほどです。
むやみに海音寺潮五郎さんと池波正太郎氏の対立の構図を煽るつもりはありませんが、作家同士の考え方の違いを示す具体的な事例として興味深いですので、ここで紹介してみましょう。

海音寺潮五郎さんが直木賞の選考委員として活動を始めたのは昭和33年の第39回直木賞からで、池波氏は第40回に候補者(候補作品は「応仁の乱」)として、海音寺さんの前に現れます。それに対して海音寺さんは、

「応仁の乱」は計画がちがっていよう。これほど多岐にわたっていることをこの短紙幅で書こうというのは無理だ。大長篇にするか、いくつかの短篇小説にして総合して全貌がわかるようにするか、すべきであろう。古典「平家物語」などその構成法である。これほど綿密に調べたのだから、新しく工夫して書きなおすことをすすめたい。

という選評を書いています。作家の先輩として後輩を教え諭すような雰囲気があり、これはまず平穏な内容と言っていいでしょう。
池波氏は続く第41回も候補者(候補作は「秘図」)になるのですが、これに対する海音寺さんの反応は冷たいもので、

「秘図」池波正太郎。話をつくる腕は達者なものだが、くどすぎる。浅草あたりの小芝居的なところがある。筆力でおしまくる堂々性がほしい。

と短く感想を述べるだけで、その文章からは後輩指導の暖かみが消え去っているように私には感じられます。

そして、第43回で池波氏はついに直木賞を受賞(受賞作品「錯乱」)するに至るのですが、これに対する海音寺潮五郎さんの批判は徹底しています。少し長いですが全文を引用すると、

作者も読者もウソ話と知りながら楽しむ小説がある。ウソを感じさせてはならない小説がある。その点、この小説は中途半端である。作者はリアルに書こうと努力しているが、この話ではどう力んでもどうにもならないと、僕は見た。つまり、僕は全然買わなかった。ひとりこの作者のものの中だけでなく、一般の標準に照らしても、出来のよいものとは思われなかった。
「こんな作品が候補作となったのすら、僕には意外だ」
とまで極言した。
前回に候補作品となった「応仁の乱」でもその感があったのだが、この作家には小説というものがまだよくわかっていないらしいと思った。やたらに話の変化をもとめているところに、文章力の弱さ、気迫の不足があると見た。
最初の候補作「恩田木工」が一番よいと、いう人が多かったが、その「恩田木工」をぼくは読んでいない。
「真田信之に焦点をしぼって、まっしぐらにそれを書けばよかったのだ」
と言う人がいた。
「この人の小説観が問題だ。話を書く小説にだけ興味をもって、そういう小説には興味がないのではないか」と、ぼくが言うと
「賞を受けたら、その自信も出てくるだろう。こんどもらえなければ、もうもらう機会はなくなる」
と小島さんが言った。
この人にやりたいという人が多かったので、ぼくは棄権することにした。
今のところ、ぼくはこの人の小説家としての才能を買っていない。ぼくを見返すようなしごとをして下さい。


となっています。歯に衣着せぬ物言いは海音寺さんの持ち味ではありますが、ここまでくると、言われた相手の方も深刻な恨みを抱くかもしれませんね。

世間一般には、池波正太郎氏は一流作家として認められ、多くの作品が出版され、数多くの読者を楽しませた(これは現在進行形だと思いますが)のは歴とした事実ですが、それが海音寺さんのいう
 「小説というものがわかった」
からで、結果として海音寺さんを見返す仕事ができたからなのかについては、判断材料がないので今の私では結論を出せません。

ともかくも、小説観の合わない海音寺潮五郎さんと池波氏ですが、現在出版されている作品の数だけで比較すれば、池波氏の方が多いだろうことを思うと、何度か言及している「活動時期の違い」はあるにせよ、海音寺潮五郎ファンとしては皮肉な感じがしますね。

ちなみに、今回引用した文章の出典は海音寺潮五郎記念館誌(第22号、第23号)です。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
塵壺様

海音寺v.s.池波の構図は私もとっても不思議に思っていたので、題材として取り上げていただいて嬉しいです。

あまり短絡的に片付けたくはないですし、そう片付けてしまうにはあまりに根が深い話だとおもいますが、つまるところ

「無骨な薩摩っぽ」と、

「洒脱な江戸っ子」

の相容れない部分がどうにもこうにもいかんともしがたい底辺にあるような気がします。

出自からして「漢文の先生」と「浅草新劇の台本書き」ですからね。
Yute
2007/03/30 08:58
Yuteさん、こんにちは。いつもありがとうございます。

私自身もこの分野に詳しいわけではありませんので、たいした意見も披露できませんが、作家というのは自己表現によって生きているある種の芸術家だと思っていますので、こういった考え方・意見の違いはあって当然なのではと思っています。

しかし、それをストレートに表現するか否かというのは人それぞれで、海音寺さんはとにかくストレートで押す人ですし、仰る通りの「無骨な薩摩っぽ」ですから、こういったことになってしまったのでしょうね。

しかし、読者というのはまた多様で、海音寺さんにしても池波氏にしても人気作家として立っていたわけですから、どちらが正しくてどちらが間違っていたという問題ではないような気がしますね。
モモタ
2007/03/30 21:27

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