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zoom RSS 瑶泉院の陰謀

<<   作成日時 : 2006/12/30 09:06   >>

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私が持っている海音寺潮五郎さんの作品の多くには、文芸評論家である磯貝勝太郎氏の解説が収録されています。その磯貝氏の解説にしばしば「史観というのは海音寺潮五郎の造語である」との説明がでてきます。"史観"というのは歴史を解釈する視点や姿勢といった意味で、司馬遼太郎さんのそれを指して「司馬史観」などとという用いられ方をします。

私はいろいろな意味で素人ですので、批判を畏れずに書くと、歴史を解釈するときの姿勢には大きく2つあり、
 1.歴史上の事柄を現代の常識や価値観で判断する
 2.歴史上の事柄を当時の常識や価値観で判断する
に分けられます。
海音寺さんが重視しているのは(2)の史観であり、(1)の史観に対しては、
 このやり方は芥川龍之介、吉川英治らの時代で終わっており、そこからは何も新しいものを生み出すことはできない
とまで言っています。

ところで、私たちは誰でも現代の常識や価値観を持っていますので(でも、常識のない人は少なくないかも)上記1の手法を採るのに何の苦労もいらないのですが、過去の常識や価値観については、その時代のことを厳密に調査・勉強しなければ分からないため、上記2の手法を用いることができる人は限られており、そこに至るまでにも多くの労力が必要となります。
その裏返しとして、現在でもなお、上記1の歴史解釈に基づいた作品が多く登場しているようで(少なくとも私にはそう見える)、歴史を少しでも知っている人間にすれば、ありもしない、荒唐無稽なお話を展開させています。

まだ見もしないのに批判するのも何ですが、この年末年始にもそういった作品(テレビドラマなど)が多く登場しそうな気がしており、明智光秀の生涯を描くドラマ、忠臣蔵を新しい視点から描くドラマなど、心配のタネが続きます。
特に後者の方は「瑶泉院の陰謀」なんて副題が付いていますので、トンデモナイ内容に違いないと勝手に推測して危惧しています。

しかし、この手のドラマも需要と供給の関係に基づいて作成されるのでしょうから、こういった作品に対する視聴者のニーズが確かに存在するという証拠なのかもしれません。歴史知識の乏しい人にはそんな作品の方が受けがいいのでしょうが、
「そんなことでは駄目だ。日本人である以上、日本歴史に対する常識をしっかり持つべきだ」
という海音寺潮五郎さんの主張が今でも必要とされる状況が続いているようです。

かくいう私は、海音寺さんの諸作品によって日本歴史の常識を多少は持つことができています。そのお陰で幸か不幸か、最近では目にする歴史ドラマがことごとくつまらなくて仕方ありませんよ(笑)
赤穂義士
赤穂義士 (文春文庫)

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